私の存在価値は他人が決める

 

 

自分より遥かに上手な人が沢山いるのに、

私がピアノを弾く意味はどこにあるんだろう・・・

と考えてしまう事がよくあります。

 

弾いている時でさえ、そんな事ばかり考えてしまい、

全く音楽に集中していない。

目の前の音に集中出来ていないのに、

上手いもへったくれも無い。

日々、そんな情けない自分との闘いです。

たぶん、努力する事が辛くて怖いんだと思います。

 

先日19日は桜桃忌でした。太宰治の命日です。

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トカトントン』という短編があります。

主人公は何かにやる気を起こすと、

途端に「トカトントン」という音が聴こえて来て、

すっかりやる気が失せてしまう、という話です。

私もコレと同じじゃん、と思いました。

頑張る前にヤメている。

トカトントンのせいにしているけれど、

それは自分が勝手にかけているブレーキです。

 

私がピアノを弾く意味、なんて私には分からない。

他人が決める事なのかもしれない。

だったら、今、目の前にある音楽に集中しなければ。

弾く事が誰かの、また、何の役に立つか、

それは、私以外の人にしか分からない事なんだと。

 

そう思ったら、ヘンな気負いは無くなって、

やるべき事がはっきりした気がします。

でも、集中はまだまだ出来てないな・・・・